伊東市章

一碧湖

一碧湖 伊豆の瞳と呼ばれ、伊豆半島唯一の自然湖。 周囲4kmのひょうたん型の火山湖で
湖畔には一碧湖(約40分)沼地(約30分)の
遊歩道・休憩所が整備されています。
周辺は野鳥の保護林となっています。

一碧湖地図 伊東市観光地図

一碧湖のあらまし

一碧湖は、伊豆の瞳とも呼ばれる美しい湖で、大池と沼池を合わせたひようたん形をしています。
湖畔には周遊できる遊歩道が整備され、1時間ほどでゆっくり歩いて一周できます。
一碧湖はその昔、吉田の大池と呼ばれていて、昭和初期には一碧湖と呼ぶようになりました。
以前は、大室山からの溶岩による「堰き止め湖」と言われていましたが、
実際には、一碧湖(大池と沼地)は、激しい水蒸気爆発によってできた「マール」という火山地形の火口湖で、
約12万年前の噴火時代のものと結論づけられています。 「吉田の歴史」平成17年吉田区発行より抜粋

一碧湖の周囲3,450m遊歩道の距離
一碧湖の面積291,358m2宇大池・公簿面積
※大池75%、沼池25%の割合
一碧湖の水深6.2m
一碧湖の標高188.4m一碧湖観光橋

一碧湖の名前の由来

一碧湖は、明治31年8月発行の「伊東新案内」には 「大池は、小室村吉田区の西南をさること18町の山中にあり、
 …池中に鯉、鮒を産す。周辺の山上には松、杉、雑樹こんもりと茂生し、
 景趣深遠なるにただよう波光の一碧鏡を浮かぶ…」
とあり、この頃すでに「一碧鏡」という言葉を使って説明されていました。
昭和初期には名称も一碧湖と呼ばれるようになりました。
一碧湖と名づけられた時期や命名者はよく分かりませんが、
昭和30年の吉田地区の古老の座談会記録に、
「太田賢治郎が、一碧千紅という漢詩の文句をもとに云々」という発言があります。
漢詩にある一碧萬頃とか、一碧千萬頃という詩句のことと思うが、
木下杢太郎の兄賢治郎なら、そんな命名をしたかも知れません。
一碧湖の名を一生懸命に売り出しだのは、地元の小室村や観光関係の人たちです。
全国的に新聞社が募集した観光地百選に、積極的に応募して当選したことにより、
一碧湖の名は動かないものとなりました。
伊東風土紀より抜粋

大池の赤牛とお経島のいわれ

その昔、大池には、主が住んでいました。
赤牛になったり、狐にばけたりして旅人たちが船で乗り出そうとすると、これを転覆させたりしたので、
村人はたいへん恐れ、悩んでいました。 徳の高い光栄寺六世の日広上人はたいそう心を痛め、
寛文年間(1661〜72)に自ら十二連島の一つの小島に渡って数部の法華経を書写し、
声を上げてお唱えをしてから、このお経を島に納めました。
これ以降、この島をお経島と呼ぶようになったと光栄寺の記録にあります。