伊東市章

木下杢太郎記念館

木下杢太郎記念館 -施設情報

木下杢太郎記念館 ■開館時間:
 09:00〜16:30 (04月〜09月)
 09:00〜16:00 (10月〜03月)
■休館日:
 月曜日 ※但し、祝日の場合は火曜日
 12/27〜01/04
■入館料:
 大人100円 小人(中学生以下)50円 ※団体割引あり
□主な収蔵品:
杢太郎の著書(食後の唄・和泉屋染物店・大同石仏寺・全集・日記など)
百花譜・百花譜百選・装幀挿絵本・杢太郎研究書・
絵画・遺墨・遺愛品(ノート・万年筆・老眼鏡・顕微鏡・絵草紙など)
古書(学問のススメ・地学事始など)
錦絵・双六・杢太郎の友人たちの作品(北原白秋など)
親・兄・姉の遺愛品・当時の生活用具など。
〒414-0002 静岡県伊東市湯川2-11-5
TEL.0557-36-7454
伊東市観光地図

施設の概要

間取り 伊東市立木下杢太郎記念館は、
医学者にして、詩・文学・美術など
広い分野で優れた功績を残した
木下杢太郎(本名:太田正雄)をたたえ、
その資料を展示公開し、
教育文化の振興に寄与するため、
昭和60年10月
生誕100年を記念してオープンした。
外から眺める記念館は、
明治40年の建築をそのままに、
土蔵造りになまこ壁を配し、
いかにも長い歳月の経過を物語っていて、
見る人の心をひきつける。
また、記念館奥には天保6年(1835年)に建てられた生家が当時のままの状態で保存され、
伊東市において現存する最古の民家として、市指定文化財となっている。

生いたち

杢太郎は、呉服や雑貨を扱う素封家の商家「米惣」の7人兄弟の末子として明治18年8月1日に誕生した。
家には江戸時代の絵草紙があり、書籍も販売していたため、少年期から江戸文化と明治の近代文化を吸収していた。
杢太郎自身「我々の通ってきた時代」という文章の中で、
「文学、芸術に対する愛はやはり或る遺伝的の素質と境遇とにもとずく。
年の間隔のやや違う予の姉、兄たちにもそういう素質があった。
彼等は予の青年時代に予の文学を好むことを嫌ったが、
予がこれを好むに至ったのは彼等が既にそういう雰囲気を予の周囲に作ったのが原因の一半になっている。
東京或いは横浜から毎夏帰省する姉たちは薄暮の海岸で英語の歌をうたって聴かせてくれた。
予のエキゾチズムはこの時に育まれた。」と記している。

文学者木下杢太郎

杢太郎は13歳の時に上京し、独協中学、一高を経て明治44年、東大医学部を卒業した。
在学中から彼の文学熱は旺盛であり、「明星」に参加し、
与謝野寛・晶子、北原白秋、石川啄木らの詩人と交わり友好を深めた。
明治41年に白秋らと新詩社を脱退し新たに「スバル」を創刊、
また画家たちと「パンの会」を結成。
さらに耽美主義の隆盛をめざし「屋上庭園」を発刊した。
この頃森鴎外の親潮楼歌会にも出席し、公私にわたる鴎外の指導を得、鴎外に傾倒していった。
この時期(明治40年〜大正5年)の10年間が彼の文芸活動の最盛期であり、
日本近代詩に異国情調と江戸趣味を融合した詩風をもって、白秋と並び称される新風を吹きこんだ。
杢太郎は詩作品のほかに、戯曲、小説、美術評論、吉利支丹史研究など各分野ですぐれた業績をのこした。
また、6か国語に通じる語学力を生かして世界各地に旅をした文人画家、文明批評家でもあった。

年譜