函南町章

桑原薬師堂

桑原薬師堂 一般公開日
 毎週土曜日・日曜日(12月29日〜1月3日を除く)
 10:00〜16:00
長源寺の裏山にある薬師堂には、
桑原の人々の厚い信仰心に支えられながら
今日まで大切に守られてきた24体の仏像が安置されています。
重要文化財の阿弥陀三尊像、
静岡県指定有形文化財の薬師如来像、
毘沙門天像、
十二神将像(12体)、
聖観音像・地蔵菩薩像と
函南町指定有形文化財の5体です。
「箱根山縁起(神奈川県・箱根山神社)」によれば、
桑原に小筥根山・新光寺という七堂伽藍をもつ大寺が建立された(弘仁八年・西暦817年)そうです。
県指定の仏像は、薬師如来が新光寺の本尊、他のものも新光寺やその子院に関連する仏像と伝えられています。
これらの現存する仏像とともに、伝新光寺廃寺跡と伝えられる桑原の柿生土からは、布目瓦なども採取されていることから、
平安時代にさかのぼる寺院がこの桑原の地にあった可能性が大きいのではないでしょうか。
平成20年3月にすべての仏像が桑原区から函南町に寄付されました。 函南町教育委員会生涯学習課
TEL.055-979-1733
函南町観光地図

重要文化財 阿弥陀三尊像

阿弥陀三尊像 木造阿弥陀如来及両脇侍像
中尊像
・本体像高 189.1cm
・台座全高 184.7cm
左脇侍像
・本体像高 106.1cm
・台座全高 128.2cm
右脇侍像
・本体像高 107.2cm
・台座全高 128.2cm
中央の阿弥陀如来像は、来迎印を結んでいます。
来迎印とは
阿弥陀の右手を曲げて親指と人差し指で輪を作り、
左手も同様にして膝の上に置きます。
人の死に際して極楽から阿弥陀如来が迎えに来るときの姿です。
阿弥陀如来を三尊形式であらわすとき、その脇侍は向かって右に慈悲をあらわす観音菩薩と、
左に知恵をあらわす勢至菩薩を従えておりこれを弥陀三尊とも呼ばれています。
この三尊像の製作技法は、頭部も体部もヒノキの一材から彫って仏像を造り出したものです。
像は前後に割ってあるので二つに分かれます。
なるべく木の心を刳り除いて、乾燥による干割れを防ぎ、合わせて重量を減らすため入念に内部を削りとっています。
頭部、つまり首の部分は、
割首(首まわりにノミを打って頭部を体部から割り放す方法)となっていて、目には水晶が組み込まれています。
表面は仏像の上に漆をぬり金箔を押して仕上げる漆箔です。
作者は「実慶」という作者銘により明らかです。
それは中尊像の首柄内面に墨書による「大仏師実慶」、
面脇侍像の頭部内面に朱書きによる「仏師実慶」の銘がそれぞれ書かれていたからです。
つぎに作風をみましょう。
そのはつらつとした作風には鎌倉時代初期のいわゆる慶派の特色がよく表現されています。
慶派というのは、平安末から鎌倉初期の康慶や運慶によって新しく栄えた仏師の一派で、
作品は写実的で力強い表現に優れています。
この一派の仏師は多く名前に「慶」の字を用います。
中尊像は、煩が張り、口角を引き締めて強い眼差しで前方を、目をこらしてじっと見つめています。
この若々しい面貌(顔かたち)の表現は、運慶作の神奈川・浄楽寺の阿弥陀如来とよく似ています。
またやや細身で胴の締まった体型や、膨らみを持たせた地髪部の形状などは、
運慶晩年の作である奈良・興福寺の弥勒仏坐像に一歩近づいたものといわれます。
この三尊像が制作された年代は、十二世紀末から十三世紀初頭のころでしょう。
約八百年間、多くの方々により見守られてきた三尊像の保存状態は良好と言えましょう。
特に注目したいのは、ほとんど当初の状態が残っている蓮華座(中尊像の蓮華の形に作られた仏の座)です。
背丈も高く、常々とした全体の部分と、力強い細部の意匠は、
鎌倉時代初頭の蓮華座の特徴を最もよく表わす模範となるものと高く評価されています。
写実を基本とした男性的な力強い表現の仏像は武士に受け入れられ、慶派は幕府の注文による造像も手がけていました。
作者実慶は、東国に定住し幕府関係の造仏に携わった仏師であったと想像されます。
鎌倉幕府の記録書「吾妻鏡」には、
函南・桑原の地には、北条時政の嫡男・宗時の墳墓堂があったことが書かれています。
そして韮山・願成就院にある時政発願の運慶作諸像と同様に、
この阿弥陀三尊像も北条氏関係の注文による造像である可能性が考えられます。
なお、修禅寺の大日如来像も実慶銘のある像ですが、
その作風は本三尊像に比べてやや張りを減じて落ち着いた気分を示しています。

静岡県指定彫刻(有形文化財) 薬師如来像

薬師如来像 木造薬師如来坐像 本体像高 110.0cm
堂々とした体躯、円満な顔貌など
藤原時代も早い頃(平安時代中期)の様相を示しています。
顔面の彫りは鋭く、衣文も簡略ながら良くまとまり、
胸・腹部の厚さにより迫力ある作品となっています。
これらの特徴から、
制作者が地方仏師ではなく
中央仏師の系統をひく者であることがわかります。

静岡県指定彫刻(有形文化財) 毘沙門天像

毘沙門天像 木造毘沙門天立像 本体像高 101.5cm
前後に割って造る技法と
動きの少ない温和な作風から、
平安時代後期の中央仏師の制作と推定され、
その時代の中央の作風がうかがえる秀作です。

静岡県指定彫刻(有形文化財) 十二神将像

十二神将像-1 十二神将像-2

木造十二神将立像 本体像高 91.5〜105.4cm
平安時代末の三躯を含みます。
平安時代の同像は全国的にも作例が非常に少なく貴重で、
他の像も江戸時代に造られた1躯を除き、鎌倉時代から室町時代初期の作品です。
像高は1m前後で、十二神将としては比較的大きな像で十二躯揃っていることも貴重です。

静岡県指定彫刻(有形文化財) 聖観音像・地蔵菩薩像

聖観音像・地蔵菩薩像 木造聖観音立像
・本体像高 99.2cm
木造地蔵菩薩立像
・本体像高 93.1cm 丸顔の穏やかな面相と
浅い彫りの滑らかな起伏から、
平安時代末期に
対で制作された作品と推定されます。
両像を併置する祀り方は、
絵画を含め鎌倉時代以降は
作例がいくつか数えられるが、
平安時代の例はまれで貴重です。