伊豆市章
河津町章

旧天城トンネル 天城山隧道は標高711メートル地点に造られました。
石造りのトンネルとしては国内で最も長く
道路トンネルとしては初めて国の重要文化財に指定されました。
隧道は貫通から100年の時を経て今もその姿を残し、
明治時代の職人の技を私たちに伝えてくれています。
いにしえの天城越えの交通状況を一変させた隧道は、
一昔前のたたずまいを今も静かに伝えています。
コケむした石積みの中は雫がぽたぽた落ちて、
前方には出口が遠く小さくみえ歩むごとに輪は広がり
やがて暖かな南伊豆「河津」の陽光がむかえます。
 長さ:445.5m
 幅:約4.1m
 高さ:約4.2m
 開通:明治38年(1905年) 伊豆市観光地図
河津町観光地図

天城山周辺には三嶋大社から下田市までを結ぶ下田街道が残されています。
この街道はもともと、奈良の都に税を運ぶために作られた道でした。
江戸時代に入ると天城峠を越えるために
古峠(ふるとうげ)、新山峠(にいやまとうげ)、中間業(ちゅうけんぎょう)越えなど
いくつかのルートができ、
文政二年(1819)には、梨本村の名主板垣仙蔵が二本杉越えを完成させて、道の短縮化を図りました。
そしてこの道はやがて、黒船来航と下田開港にともなって頻繁に利用され、
明治になると多くの文人墨客も辿るなど、歴史にその名をとどめることになります。
全国各地に鉄道と道路網を広げた明治政府の富国強兵政策の影響により、
明治26年(1893)からは下田街道の改良工事が始まり、
明治33年(1900)には天城山隧道の工事も開始され、
明治38年(1905)に開通しました。
天城山隧道には第二期工事として、
大仁町の吉田石をアーチ型に積み上げる「切り石巻き工法」を用いた石積み工事が施され、
今もその姿のままに、当時の印象を残しています。

天城トンネル図
題字

題字 左:河津側(彫込)
右:天城湯ヶ島側(掘出)

要石

要石 左:河津側(彫出)
右:天城湯ヶ島側(掘込)

内部の覆工

内部 左:側壁部
右:アーチ部