三島市章

山中城跡公園

山中城跡公園 戦国時代に築城された他に類を見ない土だけの山城。
新緑の季節はツツジやサツキが咲き誇ります。
富士山と駿河湾の眺望は絶景です。
山中城跡公園外観 TEL.055-971-5000
三島市観光地図

貴重な中世の山城

山中城 山中城は戦国時代末期の永禄年間(1560年代)に、
小田原に本城をおいた後北条氏が築城しました。
その後、天正17年豊臣秀吉と不仲となった北条氏政は、
秀吉の小回原攻めに備え
急遽、堀や岱崎出丸等の整備、増築を行いました。 しかし、翌天正18年(1590年)3月29日、
増築が未完成のまま、四万の豊臣軍の総攻撃を受けました。
北条軍は四千で、必死の防戦もかいなく鉄砲と圧倒的兵力の前に
わずか半日で落城したと伝えられています。
このときの城主松田康長、副将間宮康俊、
豊臣方の一柳直末等武将の墓が三ノ丸にある宗閑寺境内にあります。
400年前の遺構がそのまま復元されている山城は全国的にも非常に珍しいものです。
堀や土塁が良く残っており、尾根を区切る曲輪の造成法、架橋や土橋の配置など
箱根山の自然の地形を巧みにとり入れた山城の作り方など、目を見張るものがあります。
昭和9年(1934年)国の史跡として指定されています。

本丸西橋

本丸西橋 本丸からニノ丸(写真右)の間の堀にかかる橋で、左側半分は土橋。
いざというときは右半分の木橋を堀に落とし、
本丸への侵入を防ぐことができます。

すいれん

すいれん 二つの池があり、箱井戸は山中城将兵の飲料水。
田尻の池(写真)は馬用の飲み水として使われたようです。
季節にはすいれんの美しい花を見ることができます。

山中城将の墓

山中城将の墓 城主松田康長、副将間宮康俊などの墓で、
三ノ丸宗閑寺境内にひっそりと苔むしています。
隣には豊臣方の武将一柳直末の墓もあります。

障子堀

障子堀 後北条の特長が良く現れている堀で、
障子のさんのように見えるところから障子堀といいます。
ここは用水池を兼ねた水堀で、山城では非常に珍しいものです。