伊豆で食べる

丸干しを一本いただくという事はクジラを一頭食べる事と同じくらい価値がある。
とは、遠洋漁業に携わる人たちに聞いた話。
魚を丸ごと、頭からしっぽまでハラワタまで含めて全部食べるという事は、
魚が生きるための全て、つまり一物の全体をいただく事になるからだそうだ。

丸干しの作り方は実に簡単。小アジを丸ごとハラワタも取らないで塩を振るか塩汁に漬けてから干す。
商売ものを作るときには全然いじらないが、個人で手作りするならゼイゴは取った方がいい。
丸ごとだと塩が回りにくいので、塩をする時間は長めで8〜10時間といったところ。
干し加減も好みだがカラカラに乾かしたいなら3〜5日。夜は取り込んで日中干す。
本当に簡単だから釣りでたくさん魚が釣れた時や店先で良いアジを売っていたときなど、ちょちょいと作ってみてほしい。

小ぶりのアジが手に入ったとき、開いて干すか丸干しにするか。これは頭から丸ごと食べられるかどうかを基準にする。
頭が食べられそうな小さい魚は丸干しにする。くらいのつもりで考えればいいだろう。
ただし、魚は脂肪が多いとカラッと干し上がらない。
脂が乗った時期のアジを使うと、店先で売っている丸干しのイメージとは違うやわらかいものができる。
それはそれ、小さい丸ごとの干物と思えばいい。

スーパーなどで売っているみりん干しは水飴などを使って照りを出し、いかにもうまそうだが食べてみるとちょいと甘過ぎる。
もっと魚の味を生かしたスッキリした味のみりん干しを作ろう。御飯はもちろん、酒の肴にもピッタリだ。
みりん干しの調味液の基本はしょうゆ1升(1.8リットル)、砂糖950g、みりん0.5合(90cc)、湯1合(180cc)
しょうゆは無添加の本醸造、砂糖もみりんも自然な製法で作ったものを選ぶ。
干物はむかしから素朴に作られてきた食品だから、できるだけ昔に近い味に作った方がうまい。
小アジを開いて調味液に20〜30分漬け、よく汁けを切って干す。干し方は塩味の開き干しと同じだ。
やはり何度か作ってみて調味液の配合や漬け時間を加減して自分の好みの味を作っていこう。

みりん干しというと、たいてい白ゴマが振ってある。
確かにみりんとゴマの風味はよく合う。だが、あえてゴマを振らずに作ろう。
天日干しをしていると振ったゴマを目当てにハトやスズメなどが寄ってきてゴマをついばみ干物を食べ、さらにはフンをする。
せっかく手塩にかけて作っている干物を鳥に土足で踏み込まれて食べられてはかなわない。
もちろん、機械乾燥にすれば鳥に食べられる危険はないが、
天日干しの味にこだわる以上、みりん干しにゴマを振る事はおすすめしない。

くさやを焼く独特の強烈なにおい。これは「たまらなく好き」という人と
「とんでもない。においどころか見るのも嫌だ」という人と、好き嫌いがはっきり分かれるようだ。
くさやは伊豆諸島特産。ムロアジ、トビウオなどで作ったものが有名だ。
くさや特有のにおいと風味は「くさや汁」と呼ばれる独特の塩汁に漬けて作られるため。
茶色で粘りけがあるくさや汁は、魚の腐った汁だと誤解されていることが多いようだが、これは大間違い。
もともとただの塩水だったものが、繰り返し魚を漬けることによって魚の成分が混じり、それに微生物が働いたものである。
くさやがうまいのは、このくさや汁にうまみが蓄積されているからではなく、
くさや汁の中の微生物が魚の腐敗を防ぐので、魚肉特有のうまみがそのまま残るからだ。
また、この徹生物の働きにより、くさやは普通の干物より腐りにくくなっている。

江戸時代、伊豆諸島では近海で獲れた魚を干物にして江戸に送り、その一部を冬のしけに備えて自家用に蓄えていた。
当時、上納塩の取り立てが厳しく、民間での使用が制限されていたため、塩が極端に不足していた。
塩を節約するため、やむなく同じ塩汁を繰り返し使っているうちに、独特の異臭を放つようになった。
この塩汁を使った干物を食べるとけっこううまく、日もちがいいため島の人々の間に定着したというのがくさやの発祥話。

同じくさやでも、島によってちょいと作り方が違う。
新島や大島のくさやは原料の魚を開いてハラワタを取り、水洗いして血抜きし
水けを切ってくさや汁に漬け水洗いして干して作る。
八丈島や小笠原諸島では、くさや汁に清けたあと、真水で塩抜きをしているので、においや塩分が少ない。
くさや汁は、やや紫がかった茶色い液で、粘りけがあり、塩や水を足しながら百年以上も同じ液が使われている。
においも味も加工場によってかなり違う。
新島の大きな加工場では、10トン程度のくさや汁を地下の貯蔵槽に蓄え、これを地上の浸漬槽にくみ上げて使っている。
同じ液を続けて使用するといいくさやができないので、使用後は毎回、貯蔵槽に戻して休ませるのだという。

くさや汁は生きている。だから管理が大変で、しばらく使用しないときはサメ肉などを汁の中の徴生物のエサとして入れる。
そうしないと汁がダメになってしまう。
産地の島では、5、60年前までは、どこの家にもくさや汁があって大切にされ、嫁入り道具にもなっていたらしい。
「くさや液の一滴は血の一滴」という言葉があるくらいだ。
くさや汁を一般に手に入れることは不可能だし、微生物を保存できないので、家庭で作ることは難しい。
むしろ、天日干しで作った、いいくさやを探すのが得策だ。脂焼けしていない、嫌な刺激臭のしないものが上質である。

マイワシ-別名「七つ星」体の両側に七つくらいの黒い点が並んでいる。ウルメイワシ-目に透明な膜がかかっているため潤んで見える。脂が少なく丸干し向き。カタクチイワシ-背が暗青色をしているので別名「セグロ」突き出した上あごが特徴でこの三種の中で一番小さい。しらす干しのしらすは、このカタクチイワシの稚魚。

魚偏に弱いと書いて鰯。
水を離れるとすぐ死ぬので「弱し」が転じてイワシになったとも、
下魚の意味の「いやしい」が転してイワシとなったともいわれている。
イワシにはマイワシ、ウルメイワシ、力タクチイワシの三種類があり、
鮮魚として刺し身や煮つけに使われるのは主にマイワシ。
これに対して、干物によく使われるのが、ウルメイワシとカタクチイワシだ。
イワシの干物で一番ポピュラーな丸干しも、たいていこれらで作られている。
丸干しは開かないから乾きにくいので、脂肪が少なく乾きやすい魚が向いているからだ。作り方は簡単。
鮮度のいいものを選び、海水程度の塩水で洗ってウロコを洗い流し、
あとはそのまま、ハラワタも取らずに塩汁に8〜10時間漬けてから干す。
干し加減は好みだが、カラカラに乾かしたいのなら、日中干して夜は取り込む。を繰り返して3〜5日。
だが一日干したくらいの、生干しっぽい丸干しも実にうまい。

家で作るときには、8〜10cmぐらいまでの小さめのイワシなら、
マイワシでもなんでも丸ごと干せば、それで立派な丸干しになる。
ただし脂が乗ったマイワシを使うと、身があまり締まらない。
店先で売っているカラカラに乾いた丸干しのイメージとはちょいと違ったやわらかいものになるが、
これもまた、店では買えない手作りならではの味わい。

目刺しというと質素な食卓の代名詞のようにいわれているが、これがなかなか侮れない。
天日干しの目刺しを上手に焼くと、どんな焼き魚にも負けないくらいうまい。
目刺しの名は、小さいイワシを干すときに扱いやすいよう、
目にワラや竹串を通して数尾ずつ連ねて干すところから来たもので、文字どおり「目刺し」。
目を刺してあるだけで、あとは作り方も食べ方も丸干しとまったく同じである。
カタクチイワシなど、小さいイワシを塩水で洗ってウロコを洗い流し、塩汁に8〜10時間漬ける。
取り出して目に竹串かワラを通し、好みの乾き具合になるまで千す。
天日で干した生干しの目刺しは「これが目刺し?」と思うくらい味わいが深まる。
カタクチイワシを使うのは、イワシの仲間では一番小さく
干物にする小さいイワシというとカタクチイワシであることが多いためである。
ウルメイワシの丸干しもある。もちろんマイワシの目刺しを作ったっていい。

さらにイワシが小さくて、刺すほどの目がない場合、エラの下から口にかけてワラや竹串を刺して干す。
これがほお刺しである。作り方は、目刺しとまったく同じ。
釣りに行って小さいイワシばかりがたくさん釣れたときなどには、残念がらずに、このほお刺しを作ることをおすすめする。
少々大きさがふぞろいでも、それもまたご愛唱だ。

脂が乗っていて丸干しにするには大きいイワシは開いて干すがイワシの開き干しは、塩干しよりもみりん干しがうまい。
イワシのこってりした脂には、しょうゆとみりんの甘辛い味が、実によく合う。
伊東では7〜8月、マイワシが一番脂が乗ってうまいとき盛んにみりん干しを作る。
イワシは、頭を落とし腹開きでも背開きでもいいから開いて、ハラワタをきれいに取り除き、調味液に3時間くらい漬ける。
液の配合は、アジのみりん干しと同じでしょうゆ1升(1.8リットル)、砂糖950g、みりん0.5合(90cc)、湯1合(180cc)の割合。
イワシの量に合わせて、この半分の量で作ったり、さらに少なく作ってもいい。
調味液がよくしみ込んだら、汁けを切って干す。
日当たりよくソフトに仕上げたほうがうまいので、あまりカラカラにならないうちに、早めに干し上げよう。

さらにおすすめなのが、ちょっぴりトウガラシをきかせた「ピリ辛イワシ」
調味液に漬けるまでは普通のみりん干しと同じで、干すときに、白ゴマの代わりに、一味トウガラシを軽く振ってから干す。
昔から漁師たちの間では、夏バテ防止にトウガラシがいいといわれてきた。
これは、そこからヒントを得たオリジナル。ご飯のおかずによし、酒の肴によしで、一度食べたらやみつきになる味だ。

サバは一般にみりん干しにすることが多いが、いきのいいサバが手に入ったら、ぜひ塩干しをお試しあれ。
天日で自然に塩干ししたサバは、焼いたとき実にうまそうな黄金色に輝く。
これを食べると、あっさりと上品な味で、しかもコクがある。サバという魚のイメージが根底から変わるはずである。
サバは、小さいものなら頭を残して開く。腹開きでも、背開きでもやりやすいほうでいい。
大きいサバは、頭を落として三枚におろし、身が厚いときには、さらに観音開きにして、塩を回りやすくする。
観音間きというのは、身の厚い魚や鶏の切り身を両開きの扉のように開いて、身を薄くする方法。
観音様を納める厨子の扉を連想させるので、こんな名前がついたらしい。
それから塩汁に漬けるか、振り塩をして20〜30分おき、取り出して天日干しにする。
干し加減は生干しがいい。指で押してみて、表面に指紋がつくくらいでOK。

有名な「サバの文化干し」は、セロハンで包装した魚を塩と珪藻土(けいそうど)を混ぜた中に埋め、
セロハンの半透膜を利用して魚の水分を珪藻土に吸収させて作る。
ワカメなどを干すときに使われる「灰干し」の一種で、風や日光を使わない干し方である。
ていねいに骨を抜いてあって料理しやすいが、やはり天日干しの味と比べてみると、歴然とうまみが違う。
繰り返しいうが、干物はやっぱり天日干しがうまい。

サンマ 狭く長い魚体から「狭直魚」転じてサンマと呼ばれ「秋刀魚」の文字があてられた。尾のつけ根が黄色くふくらんでいるものは脂が乗っている。

秋、サンマは産卵のため大群をなして南下する。
千島列島沖から、根室沖〜三陸沖〜房総沖を通って、冬、伊豆あたりまで来たときには、すっかり脂が抜けている。
親潮にのって南下するにつれて、人間が服を脱ぐように脂を捨てていくのだ。
脂の少ない魚は丸干しに向いている。しかも、サンマは細長くて乾きやすい。
だから伊豆や伊東では12月〜1月、地元で揚がるサンマを丸干しにする。
開き干しで売っているサンマは北海道や東北産のもので、地のものではない。
その丸干しの作り方は、基本的には、アジやイワシとまったく同じ。
サンマを丸ごとハラワタもそのままで、塩水で洗ってウロコを洗い落とす。
振り塩をするか塩汁に8時問〜半日漬け、洗濯バサミのようなものではさんで干す。
3〜5日干してカラカラにするのが普通だが、夜干しにして、生干しっぽく仕上げたものもうまい。

脂が乗ったサンマなら、開いて干す。塩干し、みりん干し、どちらも美味。
店頭で手に入る、塩焼き用の脂の乗ったサンマなら、開き干しにしたほうがいいだろう。
塩干しなら頭をつけたまま、みりん干しなら頭を落として開き、塩汁か調味液に漬ける。
干し方もアジやイワシと同じでいいが、網の上に広げて一昼夜、最後は天日に当てて干し上げるやり方もある。
これだと、ほどよく乾いて、しかもソフトな絶妙の干物になる。